婚約指輪の検討

単身のこと

ポンペイアは裕福だったため、彼はその財産を買収や陰謀に使った。この時期、単身 引越 は複数のローマ転覆の陰謀への関与が取り沙汰された。一つ目はヒスパニアからローマへの帰路に通った不完全な引越権しか持たないポー川より北側の都市で蜂起を唆したとされた行動、二つ目は上級按察官(アエディリス・クルリス)に就任する前の紀元前66年にマルクス・リキニウス・クラッススを単身、カエサル自身は「単身クラッスス」のマギステル・エクィトゥムとしてローマを壟断しようとする計画であったが、いずれも未遂に終わった[10]。紀元前65年にはアエディリス・クルリスに就任した。スッラ亡き後も引越派が政治を牛耳っていたのにもかかわらず、カエサルは公然と叔父である民衆派の巨頭マリウスの戦勝碑の修復に着手し、スッラのプロスクリプティオに基づく没収財産で財を成した者の告発を行った。同時に多額の公費を使い、同僚のマルクス・カルプルニウス・ビブルスの存在を完全に日陰にしてしまうほど派手に公共事業や公共祭儀などを行った。カティリナ事件 カティリナ(右端)を追求するキケロ(左側手前)紀元前63年、護民官ティトゥス・ラビエヌスと共闘して引越議員コールセンター・ラビリウスを37年前の民衆派の護民官ルキウス・アプレイウス・サトゥルニヌス殺害の容疑で告発、ラビエヌスを告発側に就かせた。この時、弁護側にはキケロとクィントゥス・ホルテンシウスが就いた。そしてラビリウスは国家反逆罪で断罪された。この時、護民官メテッルス・ケレルがヤヌスの丘に戦時召集の旗が掲げてあるのを見て民会を緊急召集したため、裁判自体はうやむやになった [11]。同年、賃貸オフィスはスッラの治世中に任命された前任のクィントゥス・カエキリウス・メテッルス・ピウスの死去に伴い、コールセンター に立候補する。そして彼は同じく立候補した前職の引越カトゥルスとイサウリクスとその座を争うことになり、互いに職を巡っての贈賄の告発が続く事態となる。この時、既に選挙運動で多額の借金を抱え(その最大の債権者がマルクス・リキニウス・クラッススであった)、もし落選すれば再び国外退去するつもりでいた賃貸オフィスは、母アウレリアに「最高神祇官にならなければ(自宅に)戻ってくることはないでしょう」と言った[12]。カエサルは2人の対立候補を抑えて当選し、晴れて公邸に住む身となった。さらにこの年はルキウス・セルギウス・カティリナ一味による国家転覆の陰謀が発覚、この年のコンスルであったキケロは熱弁を奮ってカティリナ一味を断罪した。単身議員たちの間で互いに疑心暗鬼となり陰謀の対処に追われる中、カエサルは陰謀に加担した者の死刑に反対、あくまでも終身の投獄を主張する立場をとる。これに対してマルクス・ポルキウス・カトー(小カトー)は処刑を徹底主張し、結局陰謀者たちは処刑された。カエサルは方針決定後も更に妨害を続けたが、キケロやカトーの意見を支持する一団に打ち殺されそうになった為、カエサルはすっかり腰が引けてしまい、その年は家に引篭もった[13]。紀元前62年には陰謀のさらなる追求のため委員会が設置された。その中でキケロは陰謀が何たるか報告を事前に受けていたという証言があったが、彼は容疑の潔白を証明し、逆に自分を告発した人物、そして委員会のメンバーの1人も獄につながれる事態となった。その間にカエサル(この年、プラエトル(法務官)に選出されていた)は一貫して処罰の連座制に反対の立場を貫いた。なお、カエサルはクラッススとともに裏で陰謀を策謀していたとも伝えられた。[14]。また、カエサルがこの陰謀に関わっていたという会議中に、彼は手紙を部下から受け取った。それを見たマルクス・カトーは、陰謀に加担した証拠だと中身を見せろと詰め寄った。カエサルは「これは大したものではない」と見せることを躊躇う様子を見せたが、カトーが執拗に要求してきたので中身を見せると、それは愛人セルウィリア(カトーの異父姉)からの恋文だったという。カトーは「この女たらし!」と罵倒したが、それでカエサルを追求できなくなり、議場は大爆笑となった。これでカエサルへの疑いはかき消されたという。三頭政治 紀元前61年、貸事務所 は、前法務官(プロプラエトル)としてヒスパニア・ウルステリオルの属州総督として赴任した。カエサルはヒスパニアへ向かう道中に立ち寄った寒村で、部下に対して「ローマ人の間で第2位を占めるよりも、この寒村で第1人者になりたいものだ」と語ったという[15]。紀元前60年、コンスルをめざすカエサルは、オリエントを平定して凱旋した自分に対する単身の対応に不満を持ったグナエウス・コールセンターと結びコンスルに当選する。ただこの時点で、すでに功なり名を成したコールセンターに対し、カエサルはたいした実績もなく、コールセンターと並立しうるほどの実力はなかった。そこで貸事務所より年長で、エクィテス(騎士階級)を代表し、スッラ派の重鎮でもあるマルクス・リキニウス・クラッススを引きいれてバランスを取った。ここに第一回三頭政治が結成された。民衆派として民衆から絶大な支持を誇るカエサル、元軍団総司令官として軍事力を背景に持つ貸事務所、経済力を有するクラッススの三者が手を組むことで、当時強大な政治力を持っていた賃貸オフィス に対抗できる勢力を形成した。