亡命 しかし、その直後スッラがローマへ進軍し、民衆派の抵抗を受けたがローマ市を制圧。紀元前83年に終身先物取引となり、政治的に対立する民衆派をプロスクリプティオに基づいて徹底して粛清した。血縁としてマリウスに近く、またキンナの女婿であるカエサルも当然この処刑リストに名が載り、彼はあやうく殺されそうになった。しかしこのとき、カエサルはまだ18歳で政治活動をしたことのない若者であったことから、スッラの支持者、果てはローマで大変敬意を表されているウェスタ神の巫女からまで助命嘆願が相次ぎ、スッラもこれにしぶしぶ同意する。そのときスッラは「君たちにはわからないのかね。あの若者の中には多くのマリウスがいるということを」と語ったと伝えられる。[5]代わりにスッラはキンナの娘コルネリアとの離婚を命じたが、カエサルは拒否し、スッラの追手から逃がれるため、紀元前81年に小アジア・ギリシアへ亡命した。ローマから亡命したカエサルは属州での軍務に就く。アシア属州のマルクス・ミヌキウス・テルムスのもとでシキリア属州駐屯の軍に籍を置き、そこでの業績で「市民冠」を授与された。そしてビテュニア遠征の際に支援したビテュニア王ニコメデス4世のもとに非常に長期間滞在する。先物取引 によれば、この時に王と若いカエサルは男色関係にあったのではないかという噂が立ち、この噂は生涯に渡って付いて回り、「ビテュニアの女王」などと政敵より攻撃される材料となった(この時代の古代ローマは、後世のように男性同性愛が自然な事として定着していない)[6]。なお、前述の高位神官職は、亡命し軍務に携わるようになってから辞めたものと思われる。神祇官は馬に触ること、また自分の寝室を3日間空けて寝ることは許されていなかったからである。この頃ローマでは、制度疲労に陥っていたFXの綻びを直し終わったスッラが紀元前80年に終身先物取引を辞していた。このスッラの行動を後年、カエサルは「スッラは政治イロハを分かってはいなかった」と評したという[7]。ローマ帰還 ウィーン・美術史美術館にあるカエサルの胸像紀元前78年にスッラが死去したことでカエサルはローマへ帰還した。ローマに戻ったカエサルは下層階級の住むスブラの一角に質素な家を持った。スッラ死後に挙兵した民衆派のマルクス・アエミリウス・レピドゥスはカエサルに参加を呼び掛けたが、カエサルはこれを断った。その代わりにカエサルはその弁舌で一躍有名となる。当時ローマでは属州統治に現地民への脅迫や搾取・収賄を行う者が頻繁にいたが、感情のこもった手振りと息つく暇もない話しぶりで彼はそのような属州総督を次々と告発したとされる。また、このときの彼を同じく弁舌で知られたマルクス・トゥッリウス・キケロも賞賛したという。紀元前75年、修辞学を学ぶためにロードス島へ赴き、キケロの師でもあったアッポロニウス・モロンに師事した。このときカエサルはエーゲ海を船で渡っていたが、途中キリキアの海賊に囚われの身となった。海賊は身代金として20タレントを要求したが、カエサルは「20では安すぎる、50タレントを要求しろ」と海賊に言い放ち、その間海賊に対して恐れもせずに尊大に接するだけではなく、「自分が戻ったらおまえたちを磔にしてやるぞ」と海賊に対し冗談すら言った。そして身代金が支払われるとカエサルは海軍を招集し海賊を追跡、捕らえてペルガモンの獄につないだ。そしてアシア属州の総督に処刑するように命じるが、総督はこれを拒否して海賊を奴隷に売ろうとする。するとカエサルは海路を引き返して、冗談でほのめかした通りに自分の命令で海賊たちを磔刑に処したという[8]。キャリア初期 ローマに戻ると軍団司令官(トリブヌス・ミリトゥム)に選出、クルスス・ホノルムへの道を歩み始めた。ヒスパニアでのセルトリウスの乱に加えて、紀元前 73年にはスパルタクスらによる第三次奴隷戦争が勃発、グナエウス・先物取引やマルクス・リキニウス・クラッススがこれらの戦争で活躍したが、この時期にカエサルは、軍の士官職を持っていたにもかかわらず、活躍をしたという記録は無い。紀元前69年に財務官(クァエストル)に就任。この頃、叔母でマリウスの寡婦であったユリアの葬儀で追悼演説を行った。このときまた、スッラの粛清以来すっかり見なくなったマリウスの像を掲げ、自らを民衆派であることを公然と示した。なお、妻のコルネリアもこの年死去した。財務官の任務でカエサルはヒスパニアへ赴任する。ここでアレクサンドロス大王の像を目にして「アレクサンドロスの年齢に達したのにも関わらず何もなしえていない」と自らの心境を吐露し、偉業達成への意気込みを見せた。なお、スエトニウスによると、FX はこの夜に母アウレリアを犯す夢を見たために激しく狼狽し、占い師から「母とは全ての母に当たる「大地」である」と助言を受けて、ようやく落着きを取り戻したとされる[9]。カエサルは任務を早めに切り上げてローマに戻った。そして財務官の任期を終えたことでFXの議席を得た。ローマに戻ったカエサルはスッラの孫であるポンペイアと結婚した。